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福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)900号 判決 1960年10月11日

控訴人(被告) 国

被控訴人(原告) 石橋延枝

訴訟代理人 小林定人 外一名

原審 福岡地方昭和三二年(行)第一六号(例集一〇巻一一号196参照)

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするる」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張……(証拠の提出、援用及び認否は省略)……は原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件土地(福岡市大字堤字坂本三百七十一番地、山林三反六畝歩)は、もと被控訴人の先代石橋久百の所有であつたが、昭和十七年五月七日同人の死亡により被控訴人が家督相続によりその所有権を取得したこと、及び本件土地には福岡法務局西新町出張所昭和二十五年十二月十四日受付第八八四一号をもつて、同年七月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条の規定による買収に因り農林省のため所有権取得登記がなされていることは当事者間に争がない。

一、本件土地の買収処分について、

各成立に争ない甲第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、乙第一、第五号証、第六号証の一ないし三、第八号証の一、二、当審証人中村一男の証言及び同証言によりその成立を認めうる乙第三号証、原審証人中村一男(第一、二回)の証言、石橋フジ(第一回)山坂勘之輔の各証言の一部に弁論の全趣旨を綜合すると、福岡市樋井川農地委員会は、本件土地について自創法第三十八条の規定により未墾地買収計画を樹立し、昭和二十四年六月十三日から二十日間これを縦覧に供したところ、同月二十日被控訴人から右買収計画に対して異議の申立(右異議申立者の住所は福岡市堤六九番地と記載されている。)がなされたので、同委員会は同年八月六日右申立を却下する決定をなし、同委員会においては同月二十九日頃被控訴人の伯父で右本籍地に居住する訴外山坂勘之輔に右却下決定通知書を手交してこれを被控訴人に交付するように依頼した。

そこで同委員会としては右決定書は当然被控訴人に到達しているものと考え、期間内に訴願がなされなかつたものとして福岡県農地委員会は昭和二十五年六月三十日前記買収計画を承認し、福岡県知事は右買収計画に基いて本件土地につき同年七月二日を買収の時期と定めて未墾地買収処分をした。

その後被控訴人は本件土地の買収処分に対して福岡市樋井川農業委員会に対して異議申立をなし、同委員会は昭和二十七年九月二十九日これに対し未墾地買収決定通知をなし、次いで昭和二十七年十月十八日石橋和夫名義(被控訴人の夫でその実母石橋フジの養子)で福岡県農業委員会に対し訴願をなしたが、同委員会は昭和二十九年一月二十九日却下の裁決をなした。

以上の事実を認めることができ原審証人石橋フジ、山坂勘之輔の証言中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人は福岡市樋井川農地委員会がなした前記買収計画に対し被控訴人が昭和二十四年六月二十日同委員会に対してなした異議申立に対し何等の通知もなされないでなされたその後の買収処分は無効であると主張するので考察すると、前掲各証拠に前認定の事実を綜合すると次の事実が認められる。

被控訴人は先代久百が死亡した昭和十七年頃から実母フジとともに福岡市大字鳥飼六丁目四七九番地の現在地に同居し、本件買収に先立ち昭和二十二年十月二日その所有する田畑合計一町一反七畝歩を自創法第三条により政府に買収されているものであるが、被控訴人において当時年少のため、これ等の手続一切は実母フジが代理して行い、又その所有農地、山林等は本籍地(福岡市大字堤六九番地)の福岡市樋井川農地委員会の所管に属するところから、右本籍地に住所を有する伯父訴外山坂勘之輔(先代久百の実兄)に納税、不動産等についての連絡方を依頼していたものと推測される。

又本件買収に先立つ前記被控訴人所有農地の買収手続等の通知はすべて本籍地の同訴外人を通じて被控訴人に送達され、本件未墾地買収計画の通知も同委員会から同訴外人を通じて被控訴人になされていることが窺われ、被控訴人は右通知を受領して昭和二十四年六月二十日同委員会に対して異議申立をなし、而も右申立書には右本籍地を被控訴人の住所として記載している。

かような状況下に、当時被控訴人が現在地に住所を有することを確知していなかつた同委員会が同年八月二十九日頃たまたま同委員会に出頭した同訴外人に対し、前記異議申立却下決定通知書を被控訴人に交付するよう依頼した措置は、一応無理からぬところとも考えられるが、本件においては同訴外人が被控訴人から右文書の受領方について代理権を授与されていたこと及び右文書が被控訴人に交付せられたとの点については、これを認めるに足る確証がない。

しかしながら本件未墾地買収手続において前記異議申立に対する却下決定通知が被控訴人に交付されなかつたという一事を以てその後になされた本件買収処分自体に重大且つ明白な瑕疵があるとしてこれを無効とすることはできない。けだし福岡市樋井川農地委員会のなした前記手続上の瑕疵はその後なされた買収処分の無効原因となるものではなく、取消原因にすぎないものであるから、出訴期間経過後はこれを争うことができないものと解すべきである。

二、買収令書の交付について、

次に被控訴人は本件土地の買収令書は所有者たる被控訴人に交付されていないので、本件土地の買収処分は無効であると主張するが成立に争ない乙第二、第四号証に原審証人渡辺信、石橋フジ(第一回)の証言を綜合すると、本件土地の買収令書は福岡県知事より福岡市樋井川農地委員会に送付され、更に被控訴人の住所地を管轄する同市西部農地委員会に廻送され、同委員会は被控訴人に対して買収令書受領のため同委員会に出頭方を通知したところ、昭和二十五年十月三日被控訴人の母石橋フジが出頭したので該買収令書を同女に交付しようとした。ところが同女はこれを受取ることを拒んだので同委員会は同年十二月二十二日これを知事宛回付し、福岡県知事は昭和二十六年二月一日自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」にあるものとして、同法第三十四条、第九条第一項但書の規定に基き令書の交付に代えて公告していることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、本件買収令書の交付手続については被控訴人主張のような瑕疵はないものというべきである。

三、本件土地の登記手続について、

被控訴人は本件自創法第三十条による未墾地の買収処分であるから、同条の規定による買収として所有権取得登記をなすべきであるのに同法第三条の規定による買収としてなした前記本件土地の所有権取得登記手続は無効であると主張するが、本件土地の買収が自創法第三十条による未墾地買収であることについては当事者間に争なく、ただ買収登記を嘱託する際の事務上の手違いにより誤つて同法第三条に基く買収として登記されたものと思料されるのである。

かような瑕疵については更正登記も許されるものと解され、又右登記は国がその所有権を取得した点において現在の実体関係と符合しているものであるから、右瑕疵を以て右登記の効力を左右するものと解することはできない。

以上、被控訴人が本件土地買収処分の無効原因として主張するところはいずれもその理由がないから、右買収処分の無効なことを前提とする被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 岩崎光次)

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